鶴見騒擾事件

この半纏は、鶴見騒擾事件の一方の当事者である三谷秀組のものである。
背中の代紋は赤でマルに加、腰字は荒波模様である。
鶴見騒擾事件とは、横浜市鶴見区潮田で大正14年12月21日午後3時間渡って起きた抗争事件である。
事の起こりは東京電力火力発電所建設所工事をめぐって、清水建設(当時は清水組)と間組とが工事の取り合いとなり、清水組の下請け青山組と間組の下請け三谷秀組と間で起きた抗争事件である。この事件を単なる下請け同士の抗争事件と見るべきではない。第一次世界大戦後の好況で、京浜工場地帯は空前の大工場の進出ラッシュになった、電力各社による電力の供給競争が起こり、その為火力発電所建設工事を急いだ事も事件の原因の一つである。事件は、双方合わせて千人以上加わり、鶴見警察だけでは手におえず、神奈川県警察部では周辺の警察を動員、さらには警視庁警察隊、警視総監直属の部隊、横浜憲兵隊にも出動を要請した大事件であった。

参考 青山光二著 「闘いの構図」

横浜熊野神社のホームページに記載されている記事・写真の無断転載を禁じます。
著作権は『横浜熊野神社』に帰属します。

Copyright(C) 2006-2011  横浜熊野神社 All Right Reserved.